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音楽・本について、色々。

ピアノ探訪②

■厚木、ピアノ再生工房へ 
(旧・昭和音大 跡地)

久しぶりに小田急線に乗って、海老名へ。そこからさらにバスで15分ほど行き、停留所から降りて歩く途中、昭和音楽大学の跡地があった。校内にあったのだろう、だだっ広い空き地に大きな木がぽつりと。

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古いピアノを引き取って再調整している工房を訪ねた。町工場のような場所にピアノがぎっしり。足踏み式で装飾の施された古いオルガンや、内部を分解中のフェンダーローズなどもあった。 

前回にも書いたけど、輸入ピアノは中古でも相当高いし、演奏会当日は会場のものを弾く(どんなボロいのと当たるか分からない)ことになる練習用としては、実用性が薄い。なので自分には度が過ぎて勿体なく、さすがに遠慮しようと思っている。

けれど、最近の大手・国産の安価なピアノは、手応えも音色もエレピと変わらなく(むしろエレピの方が良かったり・・・)いろいろ弾き方を試してみても、いいと思えるような音はなかなか出てこない。ベルトコンベアーで短時間の大量生産、かつ古き良き時代から、絞り出すぐらいにコスト削減に次ぐコスト削減、と聞く。確かに弾いていてそういう感じがする。

そういえば、大人になって日本の新しめのピアノを弾いてみて、心が揺れたことは正直ない。むしろ子供の時に弾いた、体育館に置き去りにされた古い象牙のピアノの方が、その鍵盤に触れるだけで、よほどわくわくしたような気がする。

ので、国産の昔のもの、職人が1台1台手作りしていて、材料も良いものを使っていた(それが手に入った)時代のものを聴いてみたいと思った。今の国産ピアノと輸入ピアノほどには、弾き心地に差はなく、でも今の国産のものよりもっとしっかりとした造りと音をしたもの。

それにやはり、それを弾きつづける土地と同じ(か近い)風土で育った木を材料としている方が、楽器にも負担が少なさそうな(欧米の気候はカラッカラ)、音が耳に馴染みやすそうな気もする。穀菜食を少し勉強していたせいで、「地産地消」という考え方が、今もどこかに響いているからかもしれない。

いろいろ調べていくうちに 

1.シュベスター・・・現在でも浜松で全ての工程を手作業で製造。岩本良一社長は、現在日本で唯一、ピアノを一から完成まで作れる職人さんらしい。
youtubeで聴いた印象だと、テノール歌手のような、豪快に歌い上げるような明るい音。

2.大橋ピアノ・・・ヤマハ、小野ピアノ、ディアパソン創業と渡り歩き、名工といわれた大橋幡岩社長が自身の名前を冠したブランド。ヤマハ創立に関わりながら、その後の大量生産の方針に疑問を持ち離脱、ディアパソンを創業するも材料・設計に徹底して拘り抜き経営破綻と、伝説的な人物らしい。ご自身とご子息の死去により廃業したため、今あるのは中古のみ。
youtubeだと、大橋ピアノは内省的ながらどこか艶があり、神秘的な広がりのある音に聴こえる。ディアパソンは変な味付けのない、素朴な木の音というイメージ。

3.イースタイン・・・松尾新一社長は元軍人、第二次世界大戦後に「今まで武器製造に使っていた日本の技術を、これからは文化や芸術に生かしたい」と発足された。実父は二・二六事件で岡田首相の身代わりに殺害された松尾伝蔵。 こちらも廃業したため、中古のみ。
youtubeだとダークで太い音で、どこか民族楽器のような響きがするというのか、不思議と郷愁を感じさせる。ロシアものなど合いそうな雰囲気。

を、実際に聴いてみたいと思いました。

伺った工房では、他所ではスクラップにされてしまう、かなり古い楽器も引き取ってオーバーホールしているらしい。上の3台も普段から取り扱いあるようなので(普通はヤマハ・カワイしかない店が殆ど)、見せてもらった。今現在は大橋ピアノはなく、他も全てが調整済ではなかったので、ちょっと真価のほどは分からないけれど、弾いた中では60~70年代ごろ製造されたシュベスターが1番良かった。お客さんからの依頼品で未調整のものだが、金属音などはしないのに、ずしーんと低域が響きながらも優しい、という音。象牙鍵盤でタッチにも芯があり、弾いていて心が静まる。

以下、仕入れた情報

*狙っていたイースタイン「B型」はかなりめずらしく、案内してくれたお兄さんも今まで2回しか見たことがない、と言っていた・・・

*上の3社の中では、シュベスターが現存していることもあり、生産台数が多いのでその中では比較的入手しやすい。(それでも大手のものと比べれば、かなり希少ですが)

*シュベスターの中古は、その60~70年代のものが多く入る。

*その、唯一現存する国内での手作りメーカー・シュベスターなのだけど、フレームの在庫がなくなり、それを仕入・製造すると現状採算が合わなくなるため、新品の製作を(ついに)停止するとのこと(!)

帰る間際に、近くにもショールームがあったことを思い出し、道を聞くと、何とそこももうたたんでしまったらしい。グーグルの地図にもあったのに。「調律はつづけているみたいで、うちにも時々遊びに来られるのですが。昔はこの辺りにもいくつかあったのですけど・・・」。

昭和音楽大学が移転してしまったことで、お客さんが遠のいたのだろう。帰りに、行きで写真に撮った空き地の大きな木を、またちがった気持ちで眺めた。

この不景気と情勢に、突然どんなものが失われてしまうか分からない。やはり今のうちにピアノを買おうと、改めて思ったのだった。 (つづく・・・!)